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お前ら頭良さそうだから、哲学について語れ

1 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 13:31:05 ID:nNZQhuV4
プラトンからナンシーまで語れ

2 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 14:00:40 ID:gO5GehSn
2ならあの子と仲直りできる!

3 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 15:39:50 ID:T1csGWrZ
ポストモダニズムならかじったことあるけど、もう哲学は頭のいい奴がやる学問じゃないよ
哲学自体がそういう答えを出したんだから

4 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 16:30:19 ID:wpxhiKFk
ナンシー関の命日も近いし

5 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 16:34:16 ID:j5/HG4gb
ヤスパースいいべ

6 :名無し募集中。。。:2008/06/05(木) 17:53:48 ID:0hGLAndq
まず思想と哲学の区別がつかん

7 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 18:59:19 ID:fSTOnJKB
クリスティアン・テツ・・・いやなんでもないw

8 :サンプラザなかすくん(*´ω`*) ◆svNakaSu3s :2008/06/05(木) 19:00:11 ID:I+Ap5UEO
>>6
なんかいろんな板でみるんだけど。

9 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 19:03:00 ID:fSTOnJKB
なかすさん哲学

10 :サンプラザなかすくん(*´ω`*) ◆svNakaSu3s :2008/06/05(木) 19:05:30 ID:I+Ap5UEO
おれはニヒリストだよ。ニヒリストってなに?

11 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 20:20:26 ID:EOm/tk1X
ワグネリアンがショーペンハウアッーや
ニーチェについて一言


12 :名無しの笛の踊り:2008/06/05(木) 23:45:35 ID:0Tu2ofNG
PlatOnっていえば、ウンジャッシュ渡部だろ。

13 :kyrie ◆.RYdSpBfEI :2008/06/11(水) 12:12:26 ID:ChpJaE4M
ナンシーやデリダに比べてパトナムの分かりやすさはなんだ

14 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 12:17:22 ID:Js1STGDs
ではこちらへ
しかしコイツは音楽しらない
http://c.2ch.net/test/-/philo/1210778629/i#b

15 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 13:24:41 ID:wtuCrl3q
頭が悪いヤツには、哲学はできない。
頭が良いヤツは、哲学などしない。

16 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 13:56:59 ID:C6Bv5eDi
>>15
てっつがくぅ〜!

17 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 14:20:55 ID:ei1UC0t+
>>15
それだ!
てことは哲学やってる奴は自分がバカなことに気づいていないってことか・・・
その鈍感さは生きてく上では大切だなw

18 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 18:29:14 ID:kZeb5LK3
バカども何の研究者かも理解しないで勝手に哲学者にされたかわいそうな学者さんもいたな

19 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 18:29:47 ID:kZeb5LK3
バカどもに何の研究者かも理解されないまま勝手に哲学者にされたかわいそうな学者さんもいたな

20 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 19:44:25 ID:bHXTQWp0
哲学科→departement de la philosophie→愛知県

21 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 19:49:44 ID:PiSyv2y/
ハイドン交響曲22番哲学者を聴けば哲学はマスターできる

22 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 20:10:44 ID:zyGvzQRS
馬鹿な人間に哲学などできない。
賢い人間は哲学をせざるおえない。
利口な人間は哲学などしない。

23 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 20:49:43 ID:ioQMRViV
日本人って、哲学学んでも血肉と化さないというか、実践が伴わないんだよなあ。
だから評論家的に知識として振りかざせても、本当に身についている人は少ない。

24 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 21:11:38 ID:E7Lm8XP/
日本の大学には、
「哲学“史”研究者」は大勢いる。
「哲学研究者」もそれなりにいる。

でも、「哲学者」と呼べるのは、
ほんの数人いるかいないか。

25 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 21:27:50 ID:ioQMRViV
西洋哲学に限らず、仏教哲学でもそうだもんなあ。
日本には数多くの僧侶がいるのに、本当に実践してる人は数少ない。

日本は良くも悪くも、周りと角を立てないというか和をもって尊しとする風潮が
根強いせいか、身を持って実践する人が少ないんだよなあ。だから
真の哲学がなかなか生まれない。

この前も、ヨーロッパ人から、日本は歴史も長く高度な文明も持っているのに、
なぜ日本発の本当にオリジナリティのある哲学がほとんどないのかと尋ねられて
返答に困ったよ。

一時、浅田彰がファッションとして流行ったことあったけど、自ら新たな哲学を
打ち立てるとか、自ら身を持って何かの哲学を本当に実践する人って殆どいないねえ。

26 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 21:46:41 ID:AG/P24Er
>>17
君、バカでしょ?
少なくとも、ロジカルな思考能力ゼロ


27 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 22:27:17 ID:cZFMgPCI
>この前も、ヨーロッパ人から、日本は歴史も長く高度な文明も持っているのに、
>なぜ日本発の本当にオリジナリティのある哲学がほとんどないのかと尋ねられて
>返答に困ったよ

 うん、でも白人さんはオリジナリティーにこだわりすぎじゃないか、て思うこともある。
良くも悪くもドグマが強いっていうか。自分達の利害に直接関係しないチベット問題に敏
感に反応して、フランスあたりで北京オリンピックの聖火リレーを盛んに妨害してたのは、
確かにえらいのかもしれないけど、イラクに強引に民主政治とやらを持ち込んで泥沼の流血
を平気で引き起こすのと、そのメンタリティーには共通する部分があるように見える。

 日本については、「見えやすいオリジナリティーが無いという、特殊なオリジナリティー」
とか「特撮・マンガ・アニメ・カップ麺・カラオケなどに代表される、B級とされる分野に
注目してもっとオリジナリティーを探してみたら?」とか、
「そもそも哲学というロジカルな方法でなく、わびさびみたいな生活密着型の美意識として
何かを表出するのが日本」とか・・・。今頭に浮かぶのはそのくらいかな。

 昔プラトンをちょっと読んだとき「自然はイデアの模造であり、芸術はその自然の更なる
模造に過ぎない。ゆえに価値が無い」と書いていたけど、アホかと思った。完全に自分のイ
デア説にとらわれちゃってる。なぜ「イデアを理性(論理)で捉えるのが哲学だが、感性で鷲
掴みにするのが芸術だ」と考えないのか。真実(イデア)にいたる方法が2つあったらまずい
のか? だけど、まずいんだろうな、2つあると。もやもやしてると。それに西洋的な哲学
だと「証明済み」とされたものを疑っちゃいけない、という数学みたいなやり方なんだろう。
論理優先なら当然そうなる。だから一度正しいとしたイデア論を洗いなおそうとしない。

 そのくせプラトンは「誰か芸術は優れていると証明してくれないだろうか。自分だって芸
術から出発したのだ。好きなんだ」みたいなことも書いていた。白人さんの陥りやすい悲し
みだあね。

 プラトンの話はうろ覚えなので、ほんとにそう書いてあったか保障はできない。でも、西
洋哲学のナンタルカを良くあらわしているように思うのだ。

28 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 23:10:43 ID:ug2aYwe+
>>22
>賢い人間は哲学をせざるおえない。
正しくは「せざるを得ない」。
「しないでいることができない」の意。
君は馬鹿な人間と賢い人間の間くらいかな。
がんばって哲学してね!

29 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 23:31:39 ID:KzED7Xx+
無知の知嫌いのクラヲタには哲学など語る必要なし

30 :名無しの笛の踊り:2008/06/11(水) 23:38:27 ID:ug2aYwe+
>>27
>真実(イデア)にいたる方法が2つあったらまずい
>のか? だけど、まずいんだろうな、2つあると。

政治力学的に見ると芸術はカオス的潜在勢力を産み出すね。
あるいはそうした勢力が芸術に英雄を見出す。
そのいっぽうで顕在的な政治勢力は理知的言語を利用する。
言語レベルで大雑把に分ければ前者は詩であり後者は哲学となる。
で両者が弁証法的かつ力動的に関与して発展してきたというのが哲学的な歴史の見方だ。
なぜなら歴史観もまた哲学であって詩ではないからだ。
詩はある意味で歴史をすっとばし時代を超えて共感を作ってしまう。
それが必要なときもある。建国や革命に詩は不可欠だ。
フランス革命のときには哲学者が目立ったが
これは敵がカトリックと王政だったからだ。
哲学者が既成権力を倒し(革命)
その後の混沌を詩人がまとめたとも言える(共和制)。
まあそううまくはいかなくてごたごたしたのだが。
歴史観はつねに哲学者の視点から作られるのだが詩人の役割も捨てたものではないね。


31 :名無しの笛の踊り:2008/06/12(木) 06:21:34 ID:MWsCeLxq
>>30
>歴史観もまた哲学であって

哲学は時間を扱うが、歴史は扱わない。
よってそこは、厳密には「哲学」ではなく「思想」と言うべきだろう。

>哲学者が既成権力を倒し(革命)

ここも「哲学者」ではなく「思想家」と言うべき。
哲学という名のミネルヴァの梟は、夕暮れに飛び立つ。
つまり、現実が一段落してからが哲学の仕事だ。
現実とともに歩んだり、あるいは現実を引っ張って行ったりするのは、
哲学の課題ではなく、思想の仕事だ。

ひと言言い添えておけば、
もちろん哲学者だって、哲学ではなく思想を語ったりもする。
しかし、哲学者の語る歴史は、おおむね酷いものが多い。

32 :名無しの笛の踊り:2008/06/12(木) 22:18:29 ID:aS/gzems
>>31さん

すんません。「哲学」と「思想」の違いは31さんにとっては何ですか?
わたしゃまずこの2つの違いがよくわからんのです。

なお、別件ながら「ミネルヴァの梟は、夕暮れに飛び立つ」はあんまし好きな言葉じゃないス
おなしような言葉でも、まだ「哲学の始まりは“驚き”だ」の方がいいなあ。思い込みを脱し、
対象と距離をとることから思考は始まるとは思うけれど。「ミネルヴァ〜」だといかにも
「哲学は隠者の繰言」で「クソの役にも立つ気ないゾ」と言うわりになぜか上から目線的な
エラソー感をかんじてしまうのですワ。衒学的というか。

33 :31:2008/06/13(金) 01:30:56 ID:hJiFt0Kf
>>32
>すんません。「哲学」と「思想」の違いは31さんにとっては何ですか?

原理的に説明しようとすると一筋縄ではいかないけれど、
具体的なイメージを例にとると違いがわかりやすいかも。で、……

オレは今こうして2ちゃんにカキコしているが、
もしかしてこれはただ夢を見ているだけなんじゃないだろうか、
夢じゃなく現実だとしても、そのことをどうやったら証明できるのか、
……これが哲学の最も有名で根本的な問題のひとつ。

仮にこの問題が解けたとしても、
何も変わりはしないし、誰の役にも立たない。
それでも考えずにはいられない、と思うごく一部の人間たちがやる、
それが哲学という営み。

34 :31:2008/06/13(金) 01:32:17 ID:hJiFt0Kf
連投スマソ。

そういうものである哲学に対して、
思想は「誰かの役に立つ」ことを最終的な目的とする。
そして「役に立つ/役に立たない」は、
主体・状況・時代といった諸条件によって異なる。

だから思想には流行り廃りがある。
それに対して哲学は、古典ギリシャ時代の哲人たちが考えた問題と同じ問題を、
今も考えている。

まとめて言うと、
誰かの役に立つための(そしてそれゆえに流行り廃りのある)思考、それが思想。
そもそも役に立つことを目指さない(そしてそれゆえに普遍的な)思考、それが哲学。

ここで注意しなくてはならないのは、
「役に立たない」=「意味がない」ではないということ。

哲学は役に立たなくていい、そこが素晴らしい!
とオレは思っている。



35 :32(27):2008/06/13(金) 23:32:38 ID:PZL1EUiG
>>31

 ありがとうございました。「よく真善美というけれど、31さんにとって、
哲学は“真”を追求するもので、思想は“善”をめぐるものだろうか。」
などと考えていましたが、当たらずとはいえそんなに遠くもなかったかも
しれません。

 個人的には、仰るような“哲学”はなんかパズルっぽい気もしないでもないス。
確かに純粋なんだけど興味のないヒトにはほんとに興味ないだろうなと。実利の
ないものは個人的趣味の対象でしかないのかな、といったら辛らつすぎるデスね。

>もしかしてこれはただ夢を見ているだけなんじゃないだろうか、
>夢じゃなく現実だとしても、そのことをどうやったら証明できるのか、

 浅学にして「これが哲学の最も有名で根本的な問題のひとつ」であることを知りませんでした。
私見では証明の仕様もないのではないか、ってかんじかなあ。カントあたりの発想だと、
証明じゃなくて、説明しきれる仮説があればそれを採用するってことになるかなあ。
そもそも「証明」とは何を指すのか。感覚や非常に単純な論理則をも疑うなら、証明という概念自体
怪しくなる。デカルトの「われ思うゆえにわれ在り」だって、結局「これは疑えない」という実感
を根拠にしているし。何をもって“確か”と認定するか、って考えると、結局自分への信頼、自分
の体験や感覚への信頼 のほうが「さきだつ(ア・プリオリ?)」必要があるのかもしれません。

 スンマセン。あまり論争とか、問答とかする気はないので、この辺にしときます。
ご返答、ありがとうございました。


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