5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

「西洋音楽受容史スレ」

1 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 01:55:15 ID:XiMro+YW
立てて欲しいと言われたので立ててみました。

2 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 01:59:31 ID:XiMro+YW
時々西洋音楽はドイツから入ったと誤解されていますが、明治維新以降の
最初の組織的な西洋音楽受容はアメリカからです。ルーサー・ホワイティング・
メーソン経由で行われました。バイエルを持ち込んだのもメーソンだし、ヴァイオリンが
ヴァイオリンであってガイゲでないのも英語から入ったからです。

もちろん、安土桃山時代にも宣教師経由で西洋音楽はかなり入りました。

3 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 10:50:28 ID:4eRBwibY
レスが進まないうちに「西洋音楽」の定義やっといた方がいいよ。

4 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 10:54:17 ID:BS1Pauqw
中村洪介先生をあの世からお呼びするんだ

5 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 10:54:58 ID:BS1Pauqw
伊沢修二

6 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 13:27:06 ID:XiMro+YW
安土桃山時代の西洋音楽についての軽い読み物としては石井高「秀吉が聴いたヴァイオリン」
が面白い。

7 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 16:58:27 ID:XiMro+YW
伊沢はアメリカの学校で勉強してどうしようもなく酷い成績だったのが音楽だそうだ。
そりゃそうだよなあ。西洋音楽なんてそれまで聞いたことがないんだから。
それもあってかその後西洋音楽の導入につとめることになる。

8 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 17:26:22 ID:E74nH5O+
伊沢はもとより、留学した連中は半音がとれない・歌えない状態だったらしい。
で、神津が一番音楽できたので、伊沢にねたまれた。
でも、もし伊藤博文がリストに日本の音楽教育を頼んだときに、
引き受けられてたら、どうなっていただろ?
西洋音楽って、ウェスタン(か、ヨーロピアン)クラシカル・ミュージックって
いう感じじゃダメ?

9 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 18:44:10 ID:BS1Pauqw
話題を絞って

10 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 19:03:26 ID:/egqqiKB
で?
いつから、何故ドイツ指向になったの?

11 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 20:18:37 ID:p5lTMP8g
俺がマナースレでクラヲタを煽ったおかげでよさげなスレが生まれたなw

>>1

おらしょとかも含めていいのかな?
幕末〜明治期は水葬の話題は避けて通れないだろな。



12 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 20:26:21 ID:yDYvRk7d
>>10
東京音楽学校から幸田文らを留学させた頃から。
当時世界的に有名なヴァイオリン教授はヨアヒムだったので、
幸田をヨアヒムにつけるためにドイツに留学させた。


13 :名無しの笛の踊り:2008/06/26(木) 20:28:46 ID:yDYvRk7d
ちなみに初期の小学校では西洋楽器が当然ないので、ずぶの素人を半年程度
ヴァイオリンを勉強させて小学校の音楽教師として配置した。
ヴァイオリンの旋律にあわせて唱歌を歌わせた。オルガンが配置されるのは
かなり後。


14 :名無しの笛の踊り:2008/06/27(金) 00:07:52 ID:hIIBSMoq
鹿鳴館については意外と資料が残っていないらしいな。


15 :名無しの笛の踊り:2008/06/27(金) 00:25:28 ID:qZCHHYAV
ワルツの他ポルカが演奏されていたようだが。

16 :名無しの笛の踊り:2008/06/27(金) 11:18:17 ID:o1cV0spH
ワルツ、ポルカのほか、ギャロップ、コチロンも踊られていた。

17 :名無しの笛の踊り:2008/06/27(金) 18:57:07 ID:qZCHHYAV
ハレ晴レユカイも踊られていた

18 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 00:54:05 ID:2k242IsJ
wikiの鹿鳴館ではこう書かれている。

当時舞踏会のマナーやルールをあまり理解できてなかった日本人がフィンガー
ボールの水を飲料水と勘違いして飲んだり服装がしわくちゃでとてもみっとも
ない格好になっていたりコルセットをギリギリまできつくしめるなど明らかに常識
外れの行動をとっていたため、西欧諸国の外交官もうわべでは連夜の舞踏会
を楽しみながら、書面や日記などには「滑稽」などと記して嘲笑していた。



19 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 01:10:29 ID:HtqTCzi4
さらに、
「のちのクラヲタである。」
と書かれている。

20 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 11:00:39 ID:2k242IsJ
「オペラを王侯貴族が女と酒を楽しみながら観る娯楽であると知らない
日本人が、ひたすら謹厳実直に観ている様は実に滑稽であった」

21 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 11:21:51 ID:4d7qgM9F
>>20
ヴァーグナーはヨーロッパ人より日本人が好きだろうな。


22 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 12:25:59 ID:IkB56y8q
>>14
鹿鳴館の資料は国会図書館に膨大に発見された 


23 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 12:57:34 ID:mJJV1c+a
東洋の国々のほとんどは植民地として欧化されたが、日本は自ら進んで欧化した。
結果として今の日本があるわけだが、欧米諸国の笑いものになりながらも、欧化を
進めた当時の行政府の指導者に「あっぱれ!」を差し上げたい。

しかし一方、太平洋戦争の悲劇も招いたけれども、これは身の程知らずが災いした
のであって、性急な近代化と国際的な外交力のアンバランスを露呈したに過ぎない。

24 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 13:02:04 ID:KncQvAm+
進んで欧化したけど植民地にされないように必死の努力があったんだよな、

25 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 14:00:16 ID:hvwKx18n
>>22
へぇそうなんだ。


26 :名無しの笛の踊り:2008/06/28(土) 23:40:38 ID:w2TPldhp
>>23

>しかし一方、太平洋戦争の悲劇も招いたけれども、これは身の程知らずが災いした
>のであって、性急な近代化と国際的な外交力のアンバランスを露呈したに過ぎない。

つうより、明治後期から大正期にかけて一部の超優秀な政治家が
国の行く末を決めていたのに、次々と暗殺されたり早死にをしたのが
あまりに痛かったね。

伊藤博文や原敬、あるいは桂太郎など。。。

で1930年代後半には吉田とか岸(この人には賛否あるだろうが)などの
優秀な官僚も育ってはきていたが、既に社会全体が
近衛とか東条、あるいは松岡のような
凄く無能な人を熱狂的に支持する状況になっていた。。


27 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 00:55:02 ID:4hFTBFfH
近衛を無能呼ばわりするのは如何なものか?
たしかに政治家は結果責任だが。

まあ、弟の話題はゆくゆく出てくるのであろう。

28 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 01:05:22 ID:wYTQ1lqu
フェントン、エッケルト、ルルーの話をするのが先だろ?

29 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 01:07:21 ID:sBTnZz75
>>28
扶桑歌はいいよね。自衛隊が観閲式で堂々とあれやってるの見て以来、君が代でわめいてるバカサヨ
がおかしくって仕方ないよ。

30 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 01:18:17 ID:hPFTW+H1
フェントンが採譜した初期君が代のメロディー。

31 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 03:41:00 ID:D/J+4nVK
そういや、君が代を雅楽でやらなくなったのはいつからなの?

32 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 06:42:46 ID:wYTQ1lqu
エッケルトの水葬譜が出てすぐだろ

33 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 06:54:31 ID:wYTQ1lqu
ところで大滝詠一の日本ポップス伝は偉いぞ。
http://www.geocities.jp/fujiskre/km90.html

34 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 11:44:43 ID:hPFTW+H1
日本の「流行歌」を考える際に我々が忘れがちなのは、大正まではラジオもなく、
レコードも普及していないという点だな。学校の音楽を除けば実際の人間が劇場
や路傍で歌って「流行らす」しかなかった。

35 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 21:17:29 ID:kQlcpkx0
>>32
少なくとも1930年代には雅楽で演奏していた。レコードも何種類もある。オケ版よりいいぞ。

36 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 21:26:25 ID:wYTQ1lqu
>>35

だからそれはおそらく奥好義の雅楽譜だろ?
国歌としての君が代はエッケルトがそいつを水葬用に書いたもの。
別に作曲当時の1880年から1930年代まで雅楽編成で演奏されて
いたわけではない。

残念ながら日本の洋楽受容は桶よりはるかに水葬が先行してるんだよ。
要するに芸術としてより実用品として西洋音楽が入って来たという
こと。それが日本のクラ界の悲劇である。ちなみに鹿鳴館で演奏されて
たのは主に水葬な。上の話題で出てた扶桑歌もルルーが軍楽で初演してる。

37 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:02:41 ID:kQlcpkx0
わからんな。エッケルトが水葬に編曲したあとにもおなじメロディーを雅楽で演奏していたのは確かなんだから
そう答えたんだが。

日本の洋楽受容が桶より水葬先行なのはとうに承知しているよ。
俺はただ、君が代が雅楽でやらなくなったのはいつからかというから、雅楽版が1930年代には演奏されていたよと答えただけだ。
エッケルトが水葬に編曲してから雅楽演奏の「君が代」が途絶えたとするのは乱暴すぎるように思うが?

38 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:09:37 ID:JCiEwHYf
横レス失礼しますが、皆さんお幾つですか?

39 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:37:45 ID:wYTQ1lqu
>>37

すまん。俺にレス付けてたからおぬしが>>31だと勘違いしてたわ。
おっしゃるとおりなんだが、雅楽編成は今でもやってるんじゃね?
よく分からんけど。桶か水葬かピアノ伴奏でしかやらんはずもないし。

40 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:45:02 ID:KVJXkpxS
日本では鈴木バイオリンが成功したこともあって、弦楽器
はかなり早くから普及し、戦後の弦楽器大国につながっている。
明治末には安いヴァイオリンは現在の価値に換算して1万円程度
で入手できた。

軍が吹奏を必要としたのは確かだけどな。

41 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:48:51 ID:xKdCahx1
>>40
戦後の弦楽器王国と明治末の安いヴァイオリンはどこで結びつくのかね?

42 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 22:53:23 ID:wYTQ1lqu
明治末期に興隆した「演歌」の伴奏にはバヨリンが使用されてたからな。

ちなみにここで言う演歌は今で言うところの演歌ではないがそれは別話。
面白いんだけどね。

43 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:12:56 ID:bTjaJiF9
添田アゼンボウとか

44 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:19:43 ID:KVJXkpxS
>>41
鈴木バイオリン創立者の3男が鈴木メソードの創立者だというだけで
すでに言う必要もないと思うけどね。

大正時代には後に「バイオリン演歌」と呼ばれる書生や書生風の連中が
ヴァイオリンを街角で弾く風俗が存在し、ヴァイオリンに関心を持ち習う
人が増えた。当時ヴァイオリンは現代よりずっと日本人にとって身近な
楽器だった。

45 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:29:25 ID:KVJXkpxS
1970年代頃になると庶民でもなんとかピアノが買えるようになるので、
ヴァイオリンからピアノ(キーボード)へのシフトが起きてしまった。

46 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:34:04 ID:5ag0nLQb
あぜんぼうの録音って残ってるの?

47 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:43:13 ID:wYTQ1lqu
ノンキ節は石田一松の歌で聴いた。上の方で書いた
「日本ポップス伝」の中でだけどね。

唖蝉坊の録音はさすがにないだろよw

48 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:46:58 ID:5ag0nLQb
そうか。残ってたら面白いのに。
商業ベースに乗らない放浪芸だからしょうがないか。

49 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:51:20 ID:wYTQ1lqu
キングはこういうの好きだねえw

http://www.7andy.jp/cd/detail/-/accd/C1104630

50 :名無しの笛の踊り:2008/06/29(日) 23:57:00 ID:5ag0nLQb
それ面白そうだなw

自作自演は残ってないのに曲は残ってるということは
ちゃんと楽譜として添田自身が記録していたのだろうか?

51 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 00:02:54 ID:NOT6EwZi
いや、よく解説をみるとメロディーつけたのは別の人だな。
落語の速記みたいに文句の記録は残っていたものの、採譜したものまでは
現れなかったって事かいな?

52 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 00:16:25 ID:jutVISgQ
というか演歌の節は同じ曲でも演者で変わるようだよ。


ところで国産の曲が量産されるようになるまでは外国の
メロディの使い回しというのもあったがそれはまた別の話。

53 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 01:29:15 ID:JPu5dEwo
(バイオリン)演歌で外国曲を流用しているのは結構あるね。

54 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 01:50:05 ID:/yrOWCgW
ラーメチャンタラギッチョンチョンデ パーイノパイノパイとか

何語なんだ

55 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 11:59:00 ID:9NsTWKKR
唖蝉坊の録音は残念ながら残っていない。
>>54の歌詞は添田唖蝉坊の息子の造語で、自分食べたいものを並べて作った歌詞。原曲は「マーチング・スルー・ジョージア」という行進曲です。
因みにヴァイオリン演歌の系譜で最も古い録音は東京の神長瞭月、大阪の秋山楓谷夫妻あたり。>>52のいう通り、流派や演者によって同じ曲でも自由に歌詞やメロディーを改変して歌っていた。
だから、たとえば「どこまでも節」などでも何種類ものバージョンがある。

明治末期から大正にかけてインテリ層の青年男女の馬でヴァイオリンを習得することが流行ったんだ。
町にヴァイオリンの個人教室がいくつもできて、たまに合奏会を行なった。
その需要から鈴木ヴァイオリンが飛躍的に生産数を伸ばして、大正期にはドイツ製の安価なマルクノキュイヒェン製楽器を駆逐してしまった。
>>40のいう戦後につながっている、というのはその流れのことだね。

ちなみに自分>>35=37。長文すまん。


56 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 21:55:31 ID:JPu5dEwo
>>55
大正期には独・仏は欧州大戦でヴァイオリン製作どころじゃなくなった。

57 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 22:40:23 ID:9NsTWKKR
>>56
第一次大戦中にヨーロッパの情勢に乗じて日本のヴァイオリンが販路を伸ばしたという次第です。
言葉足らずでした。
マルクマキュイヒェンは大戦前、村をあげて廉価ヴァイオリンを作って、それが普及していたが、
戦争中に鈴木ヴァイオリンやその他の日本製ヴァイオリンに取って代わられたので日本のメーカーを大変恨んだとか。

58 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 23:51:14 ID:JPu5dEwo
どうでもいいけどマルクノイキルヘンな。

59 :名無しの笛の踊り:2008/06/30(月) 23:58:50 ID:xXY6dnBL
ピアノが流行りだしたのは昭和以降なのかな?
一時期、陸軍軍楽隊は弦楽隊も持ってて、ベートーヴェンやモーツァルト、シュトラウスのワルツや行進曲
なども演奏して、一般大衆に西洋芸術音楽を広める活動に貢献したみたいですね。

海軍も対抗して弦楽隊を設置したらしいですけど、狭い艦内での演奏が中心だったため、水葬が中心だったようです。

60 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 00:45:44 ID:TKLCLfy4
>>59
大正時代のピアノは今の価値に換算すると安いもので300万くらいになる。
1970年代頃になってようやく庶民の3ヶ月分くらいの給料で買えるようになった。

61 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 02:20:58 ID:F8GYaGy5
ほほぉ〜、ピアノの方が後なんか?
しかし、プロになって活躍するのは弦よりピアノ奏者の方が早いよな。

62 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 02:47:54 ID:4I1yEXVX
大分市は本邦の「西洋音楽発祥の地」を自称してる。
16世紀にはオルガン伴奏の聖歌が歌われていたわけだ。

http://www.city.oita.oita.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020000&WIT_oid=icityv2::Contents::2177


63 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 02:54:11 ID:4I1yEXVX
まあ禁教後は土俗化してオラショに転訛したわけだが。
http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/orasho.html

これを西洋音楽と見るべきか民謡と見るべきか。

64 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 03:19:05 ID:pbMDVLqR
まいろやなぁ まいろやなぁ
ぱらいそのくにに まいろやなぁ

65 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 04:07:00 ID:Fee4/kOr
ピアノブームのピークは昭和40年代。
当時は子供が女の子ならピアノを習わせようという雰囲気だった。
実際、クラスの女子の半分くらいはピアノを習っていた。

66 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 07:38:39 ID:TKLCLfy4
いまだに長崎の離島には本物の隠れキリシタンがいてオラショを継承しているのは凄い。
ほとんど念仏みたいになっているけれど。


67 :名無しの笛の踊り:2008/07/01(火) 16:53:44 ID:/jh6IDWe
>>66
「隠れ〜」の人のほとんどがカトリックに改宗して、いまオラショを歌う人はほとんど残ってないらしいよ。
本当かどうかは知らんが、現在のキリスト教においては「オラショ」を歌う
「隠れ〜」は異端扱いになってるって話も聞いた事ある。

68 :名無しの笛の踊り:2008/07/03(木) 00:38:22 ID:PRW5HL7e
>>67
もちろん異端。
確かに絶滅寸前だけど、残っていること事態すごい。
http://www.ikitsuki.com/yakata/kiricult/index22.htm

69 :名無しの笛の踊り:2008/07/03(木) 22:01:24 ID:PRW5HL7e
一流の弦楽器奏者はあれほど出たのに一流のピアニストがそれほど出なかったのは、
時代的にポピュラーの鍵盤奏者で儲かるようになったクラシックにあ
まり人材が入らなかったんだろうな。

70 :名無しの笛の踊り:2008/07/03(木) 23:26:29 ID:veUZU/Ur
>>69
日本語でok

71 :名無しの笛の踊り:2008/07/04(金) 07:20:34 ID:+y0wN4JL
>>56
第二次大戦のときは命がけでワインを造ったって話しをきくが、
第一次大戦のときですらヴァイオリンはそこまでして作るもんじゃなかったってことか。

72 :名無しの笛の踊り:2008/07/04(金) 07:33:11 ID:cCABn+nQ
当時独・仏が作ってたのは大半が量産楽器だので個人では作れなかった。

73 :名無しの笛の踊り:2008/07/04(金) 16:14:48 ID:lJ6IOrA1
自分たちで消費して楽しむんじゃなく、
あくまでも金に変える手段だったからじゃね?

74 :名無しの笛の踊り:2008/07/04(金) 19:58:31 ID:JipzEOa7
誰か浅草オペラの薀蓄語ってくれないかな

75 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 01:21:03 ID:ayv4NQa2
ここで披露しても揚げ足取られるだけだから自分で探したほうがいいよ。

76 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 01:27:30 ID:UzaFsIQw
この間、当時の楽譜だか台本だか、従来思われてた以上に
演奏水準が高かったんでは?っていう資料が出てきたばかりだもんね、
それが十分吟味されて、こなれない内に、下手な事言っても墓穴を掘る
だけだもんな。

77 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 01:45:00 ID:Ta7rSI6S
田谷力三の歌ってすごいね 良くも悪くも

78 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 02:57:15 ID:5yblBcom
>>68
異端ではない。バチカン公認。 


79 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 05:15:45 ID:GuqP5zwI
最初は感動のあまり、公認はしたものの、よくよく調べるとあまりに異質なため、
指導して本来の教義に戻す(要するにカトリック教に再改宗する)対象にされたん
んじゃなかったっけ?(最初に「発見」した神父からしてそんな報告をしてた気が?)。
中世じゃあるまいし表だって「異端」にして「弾圧」するなんて出来ない時代だしな。
実際、「最初に」キリシタンが発見された長崎では今時、教会で隠れキリシタンの
オラショなんて歌って無いわけで・・・・。
最近の研究じゃ、江戸時代も半ば以降になるとキリスト教の弾圧って、色々言わ
れてる割には、そんなに熱心かつ組織的には行なわれなくなってきて、「隠れ」て
やってる分には大目に見られていた節さえある(っていうか見て見ぬフリ?
発見されても余程の事が無い限り無知蒙昧な奴が変な気を起こして、おかしな
迷信に引っかかったから厳重注意(キツク叱る)程度で赦されてたらしい)。
皮肉にも「隠れ」キリシタンが決定的に滅んだのは信教の自由が認められて以降
なんよね。

80 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 05:35:54 ID:k9qbCED+
そういやぁ〜、江戸時代全期間を通じてキリシタン以上に熱心かつ組織的に
弾圧され続けられてきたはずの日蓮宗不授不施派が
未だに教科書に載らないのは創価の圧力なのかね?

81 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 09:56:20 ID:NI+1bhb4
逆だろ。教科書に載せたら創価に有利すぎる

82 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 20:26:41 ID:HKNPG6EV
俺は隠れ炉利シタンだ。

83 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 21:55:24 ID:YoMsFmOU
>>82
隠れてるだけマシだといえよう

84 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 22:36:15 ID:NI+1bhb4
偉大な有名音楽家の多くが14歳をちょっと過ぎたくらいの小娘を
犯して嬰児殺しをさせて死に追いやる主人公の小説を題材にしているのだからなあ。

85 :名無しの笛の踊り:2008/07/06(日) 23:08:38 ID:10pPno72
昔々のお話しなら、14歳はもう立派な大人

86 :名無しの笛の踊り:2008/07/07(月) 22:10:21 ID:CUqACEJS
ヴィクターの赤盤が日本人に与えた影響について語ろう。
当時、クラシック以外に外国のポピュラー音楽が入ったレコードなんて
売れてたの?

87 :名無しの笛の踊り:2008/07/07(月) 22:37:00 ID:xdf5lBWr
売れて多にきまってるだろ

88 :名無しの笛の踊り:2008/07/07(月) 23:06:41 ID:kIrT8j/k
少なくとも昭和に入ってからは、流行歌に影響与えるくらい、
ジャズやブルースなんかはクラシック以上に売れてたんじゃね?

89 :名無しの笛の踊り:2008/07/08(火) 00:06:18 ID:r7aTN8kj
戦前昭和はジャズの絶頂期だしな。世界的に。日本では他に、ハワイアンなども人気があったみたい。
ブルースは戦時歌謡にも影響を与えたらしい。とくに悲壮感漂う歌とかではね。

90 :名無しの笛の踊り:2008/07/08(火) 01:10:37 ID:nZmRuNd9
日本最初の録音は落語だそうだな。
ただ、レコード初期の売り上げでクラシックが比率的に高かった
ということないかな?エルマンなんてかなり売れたらしいが。

91 :名無しの笛の踊り:2008/07/09(水) 23:57:24 ID:2zO34ivq
>>90

レコード初期は、比率的にはクラシックは低かった。
クラシックのレコードの売り上げ比率が高くなったのは、昭和に入ってから。
大正末期に輸入嗜好品の税率が100%になって、輸入レコードの価格が二倍にはねあがった。
それでポリドールやビクター、コロムビアという外資系レコード会社が日本に支社を設け、
日本プレスのレコードを売り出すようになった。価格は、赤盤が三円〜五円。
それでも輸入版よりははるかに安く、独身サラリーマンがこつこつコレクションするのに
ちょうどいい価格だった。
あと明治大正期からの啓蒙書の影響や、特に野村あらえびすのレコード案内によって
日本のクラシック音楽レコード市場は飛躍的に伸びた。

ワインガルトナーの第九とかシゲティの一回目のベトコンとか、いま復刻されてる名演で
、日本支社からの提言で録音されたものってけっこう多いんだよ。


92 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 00:06:19 ID:llnFCYdO
あと、中学生高校生女学生などの中等教育を受けた学徒のなかに、「教養としてのクラシック」が流行ったという点もありますね。

93 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 00:17:29 ID:xOzAd9hW
ある時期から良い家庭の娘のたしなみが琴からピアノやヴァイオリンに
なったな。


94 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 02:48:23 ID:SH8Qptko
よい家庭の嗜みとしてピアノやヴァイオリンが出てきたのは大正期、第一次大戦後のこと。
特にピアノは戦前期には、比較的安い楽器が普及したこともあって良家の子女の嗜みとして定着した。
1930年代には欧米ではピアノを習う子女が低減していたのに対して、日本ではたくさんいたので
日本に来た欧米人が驚嘆した。

95 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 08:08:05 ID:xOzAd9hW
「比較的安い楽器」とは山葉が国産化したことで、今の価値にして2,300万
くらいで買えるようになったということだな。今の価値にして50万くらいで
買えるようになるのは1970年代頃以降。

96 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 11:10:53 ID:VnSTBW1P
大きなお屋敷の横を通りすがるとピアノの音が聞こえてきて、そのお屋敷のお嬢様を偲ぶという
シチュエーションは昔の小説や映画によく登場するが、そういう時代に戻りたいような郷愁に
似たものを感じる。昔のセレブはそれなりに気品や風格があったが、今は金儲けのためなら何でもありの
下品な金持ちが増えたね。そういうのがたまに教養を身につけるつもりでコンサートに現れたりすると、
マナーなどお構い無しで傍若無人に振舞うのでほんとはた迷惑なんだよね

97 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 20:38:55 ID:8eZQv/12
俺は生活保護を受給しながら優雅で教養豊かなクラライフを
エンジョイしている。

98 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:10:09 ID:mpMnBtuA
>>金儲けのためなら何でもありの下品な金持ち
そんなもん昔からいくらでもいたが。

99 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:14:35 ID:llnFCYdO
そういや漏れの祖母も女学校、美術学校時代にピアノに嵌ったっていってたなあ。
85歳になる今でも、ピアノ(これが戦前からある年代物!)に向かってるときは少女の表情になる。

100 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:27:54 ID:oFSY0nsk
>

101 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:33:39 ID:xOzAd9hW
で、戦前の日本は
・ロシア革命で白軍側だった超一流の音楽家が日本に亡命してきた
・ドイツのユダヤ人迫害で超一流のユダヤ人音楽家が日本に移住した
ので、極東の島国の割には超一流の音楽家がウヨウヨしていたようだな。

102 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:52:12 ID:Lk4kIIYi
>>91
日本のレコード業界の歴史を書いた本って、「愛国行進曲」の爆発的な売れ行きをきちんと書いているの?
このレコードのおかげで倒産を免れたレコード会社がけっこうあったと聞いているんだけど。

103 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 00:00:15 ID:dHPzKcGe
>>101
一時的に集まったのは、間違いとはいえないが、さすがに移住したは言い過ぎ。
日本は専ら第三国(主に米国)に渡るための中継地でしかないしな。
まぁ、たしかに満州とか住んでた白系ロシア人は多かったかもしれんが、
それを移住したと言い切れるか否かというと甚だ疑問だ。

104 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 00:10:40 ID:AkOuyAeE
>>103
とりあえずクロイツァーやシロタの伝記を読もう。
モギレフスキーはミルシテインやガラミアンの先生だ。

105 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 00:14:44 ID:GdmP64HK
>>91
それは他のレコードと勘違いしてるよ。
大正5年に発売された松井須磨子の「カチューシャの唄」が瀕死状態の
オリエントレコードを生き返らせた事例はあるけど、それ以外で、
大ヒット曲によって倒産を免れた例は、皆無に近い。
「愛国行進曲」はほぼ三十社のレコード会社、より多くのサブレーベルから発売されて、
総数で百万枚弱売れた。
しかし、それで倒産を免れた社はなく、むしろ統合されるパターンが多かったのだよ。

ちなみに日本のレコード業界の歴史を書いた本もちゃんとあるから。いちいち書かないけど、
検索したら出てくるよ。


106 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 00:20:03 ID:GdmP64HK
>>103
移住したといいきれる。モギレフスキー、シロタ、クロイツァー、彼らは
日本に定住し、日本で非常に優れた門弟を生み出した。
その後、シロタなどはアメリカに移ったけれど、日本に愛着があり、ふたたび来日している。
プリングスハイムもそうだ。>>104の言う通り、まず伝記を読もう。
彼らはね、ロシア革命やナチスから逃れて、日本の音楽界の将来に希望を託したのだよ。
僕らは彼らに感謝すべきだ。

日本を中継地にしてアメリカを最終目的地としたのは、ドイツから来たフェルマーなど
ごく一部の音楽家だよ。大半の人々は日本での音楽活動を望み、戦後も引き続いて日本で教授などをしていた。


107 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 00:30:24 ID:EzrV4XUW
中には奇特にも日本に定住を希望し幸運にも自伝が出版された有名人がいたと言う事だけだろ?
たとえば満州のオケみたいにオケ団員をほとんど白系ロシア人だけで構成できるほど
大量かつ豊富な亡命者がわんさか集ったわけではあるまい。

108 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 01:15:18 ID:GdmP64HK
>>107
>中には奇特にも日本に定住を希望し幸運にも自伝が出版された有名人がいた
中には奇特にも、というが、欧米の範囲で見てごらん。
シロタやクロイツァー、プリングスハイムがヨーロッパで占めていた地位を。
それから、来日を希望していた音楽家は彼らにとどまらない。
ケンプも一時、東京音楽学校に招聘される計画があった。指揮者ではメリハルなどもそうだ。
その他、亡命や、あるいはその他の事情で日本に定住した音楽家はたくさんいた。
おそらくあなたが思う以上にね。日本で教授活動を行なっていたフェリー・ローラントを
知ってるかい?彼の子孫はポーランドにいて、日本で祖父が日本で活動していたことを
とても喜んでいる。

満洲は特殊な環境。白系ロシア人がおおぜい居るからオーケストラが組めた。
満洲と日本を一緒くたにするのは乱暴すぎる。
大量かつ豊富でなくてもだ、そこそこ多くの外国人音楽家が日本にはいたということを言っておきたい。



109 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 01:21:30 ID:GdmP64HK
蛇足になるが有名人だけじゃない。レコード会社(たとえば日本コロムビアね)
を通じて、ドイツなどから日本に相当多数の音楽家が流れ込んだ。
彼らはもっぱらアレンジとレコーディングの要員となった。もちろん実演でも活躍した。
それらと、大正期から日本にいた外国人音楽家を合わせると、日本にいる外国人音楽家の数はけっこうな人数になっていたと思う。



110 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 07:35:55 ID:AkOuyAeE
問題なのはモギレフスキー、シロタ、クロイツァーらが日本のクラオタでさえ
超一流のソリストだと知らないことだな。
日本に在住した音楽家を見下す傾向があるのだろう。

111 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 07:44:04 ID:AkOuyAeE
ちなみに現在ではどちらかというとシロタの娘のほうが日本国憲法を
書いたということで有名。

http://www.konan-cdc.jp/forum2007/index.files/Page1116.htm
とりわけ目をひくのは、レーニンによるロシア革命(1917年10月)で芸術の
パトロン的存在であった貴族が追放され、それにともなって祖国から亡命せ
ざるをえなくなったロシア人の音楽家たちの存在である。

ピアニストのアレクサンダー・ルーチン、ヴァイオリニストのアレクサンダー・
モギレフスキー、ミヒャエル・ウェクスラー、エフゲン・クレイン、ジグムンド・
メンチンスキー、声楽家のカラスノヴァ、指揮者ヨセフ・ラスカ、エマユエル・
メッテル――。


112 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 07:51:24 ID:AkOuyAeE
日本人は戦後まで欧米のユダヤ人差別をちゃんと理解していなかったから、
日本に来るくらいの音楽家は大したものではないと思い込んだんだろうな。

113 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 08:03:23 ID:EzrV4XUW
個々人は比べものにならないくらい優秀でも、いまいち影が薄いのは、
(第二次大戦で中途になったとはいえ)大正期といえば明治維新から半世紀もたってて、
民間レベルの音楽水準も十分上がってきていたのに、
結局、立ち位置が明治初期のお雇い外国人と変わらなかったからじゃね?


114 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 10:04:40 ID:dqFqFbUY
戦後の混乱期に皆が戦前戦中のことを忘れようとした(忘れたふりをした?)ために
影が薄くなった面もあるんジャマイカと邪推。

115 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 10:49:26 ID:ATcPxVPH
>>105
松井須磨子って懐かしい名前だなあ
それで思い出したんだが、同時代に混血の藤原なんとかって言うテノール歌手いたよね。
女性にとっても人気があった。私の母を含めてw


116 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 11:11:39 ID:22dGLHuq
シロタって結局日本に幻滅したんじゃなかったっけ?

117 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 12:53:13 ID:yVzBIGuW
>>115
このスレでダンナにそんなこと書いちゃ失礼ですぜ

118 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 13:27:32 ID:ATcPxVPH
>>117
今ふっと思い出しました。藤原義江ですね。失礼しました

119 :名無しの笛の踊り:2008/07/11(金) 16:14:24 ID:REUXM/hW
>>108
「日本以外全部沈没」をちょっと思い出したw

120 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 14:44:46 ID:R8F7aZTO
プリングスハイムの双子の妹はトーマス・マンの妻。
シロタはブゾーニの愛弟子。
ローゼンシュトックはメトロポリタン歌劇場の指揮者。
モギレフスキーの妻はロシア皇帝の親戚で、ロシアで
最高位の音楽的地位を歴任。
クロイツァーはラフマニノフとも懇意で何度も共演。ベルリン音楽大学教授。

こんな人たちが戦前はごろごろしていた。


121 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 15:06:26 ID:YAOHgS3J
しかし、天上界の人すぎて変な教養主義が蔓延しただけで、真の発展にはつながらなかったのね。
当時の満州や上海(租界)あるいは今のアメリカみたいに
有象無象で胡散臭い連中がゴロゴロ集まってきたら滅茶苦茶面白かったのにな。

122 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 15:08:26 ID:KIJgszXW
プリングスハイムはマーラーの弟子だしね

いま、いくら国際化したといっても、稼いですぐ帰るだけで
ずっと東京に住んでるメンツだけかんがえると、戦前の方がよかった

123 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 15:34:39 ID:YAOHgS3J
結局、今に至るまで消化も吸収も出来なかったんだから、どこにいても同じ。
否、忘れてしまった事を考えると、人類史的には、
しっかりした評伝が書けるくらいの技量のあった先進国に行くべきだったね。
実に残念だ。

124 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 18:49:36 ID:R8F7aZTO
ところが日本に定住した彼等の多くはしっかり個人レッスンもやって、
日本の音楽界の底上げをかなり実現している。
特にピアノは戦前のほうが戦後よりも優れた人材を輩出していたようだ。
復刻CDでそれがうかがえる。

125 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 19:16:10 ID:YAOHgS3J
すると戦後劣ってしまったのは、そんなに優秀な外国人が
とうとう来なくなってしまったから、ともとれる。
してみると「底上げ」と言ってる割には実に底が浅い。
それとも日本人は戦後、一億総健忘症にかかったのであらうか?

126 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 19:23:09 ID:vHcyK5QM
戦後日本に訪れた外国人音楽家たちは一様に
「オー、ニッポンノクラヲタノミナサン、キモイデスネー」
と話していたという。

127 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 20:54:28 ID:R8F7aZTO
>>125
現在聞いても凄いと思える戦前の一流ピアニストには女性が多かったのだが、
なぜか戦後はあまり活動していない。
戦後の貧しい時代に女性がピアニストとして演奏活動をするのは難しかった
のかもしれない。戦前はピアニストとして活動していたのに東大に入りなおして
国会図書館のトップクラスになった人もいたな。


128 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 21:05:10 ID:KIJgszXW
底上げに明らかになってると思うがなあ。

チェレプニンが来なければ伊福部昭はでなかった
ローゼンシュトックが来なければ斎藤メソードもなかった
プリングスハイムがマーラーを紹介しなければ柴田南雄も山田一雄も違った音楽家になっていただろう


129 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 21:30:10 ID:YAOHgS3J
>>127
戦後だって明らかに女流が多い、戦後に台頭してきたのが
教育を受けたのも戦後すぐのその「貧しい」時代のはず。
なんでも戦争のせいにするのは何か間違いな気がする。

>>128
紹介者あるいは触媒的な存在だったという事かね?

130 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 21:30:12 ID:R8F7aZTO
現在の日本のヴァイオリニストの多くは、アウアーの弟子である小野アンナ
(アンナ・ディミトリエヴナ・ブブノワ)の弟子、孫弟子にあたる。


131 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 23:00:23 ID:BOzBnf4u
少し外れるが、作曲界がダメになったのは映画界の衰退とは無縁ではないよな
武満、伊福部、早坂、黛、芥川、林たちは、映画のためにとてもいい仕事をして
とてもいい金をもらっていた
たとえば伊福部の収入は、教育(学校の丘陵)、映画の作曲料、コンサート作品からの収入の割合はどれくらいだったのだろう
武満、黛の映画音楽の仕事は、彼らの収入の何割を占めていたのだろう

132 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 23:06:18 ID:R8F7aZTO
>>129
戦後に教育を受けた国際的な女性ピアニストって内田光子くらいか。


133 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 23:12:04 ID:FIPk4uTs
>>ローゼンシュトックが来なければ斎藤メソードもなかった

え?そうなの?

134 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 23:19:12 ID:R8F7aZTO
だそうだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BD%8B%E8%97%A4%E7%A7%80%E9%9B%84
1936年、新響の招きで来日したヨーゼフ・ローゼンシュトックとの出会いは齋藤の将来を
大きく変えた。齋藤はローゼンシュトックのありとあらゆるものを吸収しようと努力。ローゼ
ンシュトックの音楽に対する情熱や指導方法は、戦後「齋藤メソッド」を確立する際大いに参考になった。

135 :名無しの笛の踊り:2008/07/12(土) 23:36:53 ID:wNXlIwkQ
>>131
團だったか芥川だか黛だか知らん(誰やねんw)が、音大出たてで
食うにも困っていた武満に映画音楽の口を斡旋して、武満はおかげで
ようやく人並みな生活をする事が出来たっていう逸話もあるね。

136 :名無しの笛の踊り:2008/07/13(日) 01:32:05 ID:7IUNTjSd
凄く大雑把に言うと、1920-1940年頃にロシア革命とドイツのユダヤ人差別によって
ヨーロッパの超一流音楽家が日本に流入するという事態があり、戦後は彼等の一部
がヨーロッパに戻ったり、音楽教育がお稽古・マスプロ化するなどでかえってトップソリスト
の教育という点では退化した面があった。かろうじて弦楽器は戦前の層が厚く、鈴木
メソードが超小型分数楽器という武器で成功したこともあり戦後もトップ奏者を育てること
が出来た。

137 :名無しの苗の踊り:2008/07/13(日) 01:47:21 ID:KRAkGeC2
>音大出たて
>武満

武満は独学で有名だが?

138 :名無しの笛の踊り:2008/07/13(日) 08:19:20 ID:F4Nx/7su
>>137
最近「調べものといえば即wikiやネットを頼る奴らが多いけど」と苦言を呈する人が多いけど、
>>135みたいな、それすらしない奴って何考えてんだろうね。

京華高等学校卒業後、東京芸術大学音楽学部を受験して失敗。
無名時代、ピアノを買う金がなく、町を歩いていてピアノの音が聞こえると、
そこへ出向いてピアノを弾かせてもらっていたという
(芥川也寸志を介してそれを知った黛敏郎は武満と面識はなかったにもかかわらず自分のピアノを貸し与えた)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E6%BA%80%E5%BE%B9


139 :名無しの笛の踊り:2008/07/13(日) 11:11:46 ID:EVDqn9ye
この場に書くくらいなら必要ないからじゃね?

140 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 00:30:40 ID:KCBLbB2h
日本ってマンドリン(イタリアの楽器だ)が一時期けっこう流行っていたが、海
外でも流行ってたの?日本だけの現象?


141 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 00:37:55 ID:C9olUe+t
プレクトラム音楽で検索したら過去スレが見つかった
http://piza.2ch.net/classical/kako/973/973434288.html

レス数…

142 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 01:13:52 ID:ezTCrmo0
>>138
wikiにしたって、本当に真がおけるのか?っていう問題もありますぜ。

143 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 01:18:30 ID:KCBLbB2h
マンドリン曲はクラシックでも少なくないが、認知
されていないというわけか・・・

144 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 01:27:57 ID:NDDor8MF
>142
その問題を踏まえているから「それすらしない」という
表現なんじゃないの?

まあ、これに関しちゃ武満が音大になんか行ってないことを
知らないヤシがいたことにマジ驚きだけどな。

145 :名無しの笛の踊り:2008/07/14(月) 21:45:38 ID:WhMRTGKz
ソ連兵が使ってた機関短銃を日本兵は「マンドリン」、ドイツ兵は「バラライカ」ってよんでいたんだっけ。

146 :名無しの笛の踊り:2008/07/18(金) 18:14:30 ID:B2+Jzuzs
マンドリンオケとか奇抜なものがあったね。
マリンバも流行っていたらしいな。日本だけの現象らしい。なんでだ?




147 :名無しの笛の踊り:2008/07/18(金) 23:16:32 ID:f3Tohy2Q
マンドリンオケは今でもあるでしょ。
日本オリジナルじゃなくて、イタリアから入ってきたもの。

日本だけでマリンバが流行ったという話は知らない。
木琴奏者には平岡養一という有名な奏者がいて
放送でも広く活躍していたと聞くけれど、
マリンバみたいな大型の打楽器がそんなに広まった
時期があるんだろうか?

148 :名無しの笛の踊り:2008/07/18(金) 23:34:02 ID:roRTTeKs
古賀政男だっけ?

149 :名無しの笛の踊り:2008/07/18(金) 23:37:38 ID:f3Tohy2Q
何がよ?

150 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 01:43:25 ID:msPxN/kC
マリンバは阿部圭子の存在が大きいんだろうな。
イヴリン・グレニーは彼女につくために日本までやってきたって話聞いたような。

151 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 03:15:35 ID:rFjltG4F
マリンバ日本で特殊に多いみたいよ。実際。流行というと違うかもしれんけど。

152 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 09:50:21 ID:Ih8f9XQS
あと、大正琴も結構重要だな。

153 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 09:53:13 ID:Ih8f9XQS
ヴィオリラ
http://www.yamaha.co.jp/product/violyre/index.html


154 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 11:01:03 ID:lDOSLUD3
俺自身の西洋音楽受容の歴史を熱く語ってもいいですか?

155 :154:2008/07/19(土) 11:09:00 ID:FrvPXLFs
中学生のときカルチャークラブにはまったおかげで今はゲイだよ。

156 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 11:22:14 ID:KqskXRDT
どうぞ

157 :名無しの笛の踊り:2008/07/19(土) 11:28:31 ID:QKfJetgF
>>155
いまはボーイ・ジョージのように加齢な変身をしてしまったのですか?

158 :名無しの笛の踊り:2008/07/29(火) 07:43:42 ID:Hg8fuRIz
新国でコンサートオペラ形式でいいからグルリットチクルスでもやってくれりゃいいのに。

159 :名無しの笛の踊り:2008/07/31(木) 01:05:49 ID:kjA+WJ1l
代表作をぐるりっとやってほしいっていう洒落のつもりか!

160 :名無しの笛の踊り:2008/08/02(土) 08:02:54 ID:jSZ7Wf1E
武満は実は偽名で芸大を卒業しているのだよ 

161 :名無しの笛の踊り:2008/08/02(土) 23:39:19 ID:zE/KF5Pg
ここはいいスレだと思うんだが、話題が散漫過ぎる。


162 :名無しの笛の踊り:2008/08/05(火) 21:48:15 ID:ZOV2cxBg
悔し紛れ(?)にデマ情報を書く160はどうかと思うぞ!!

163 :名無しの笛の踊り:2008/08/05(火) 22:02:34 ID:M0LSCpNq
三善晃は大東文化大学卒業だよね

164 ::2008/08/05(火) 22:19:27 ID:ZOV2cxBg
東京大学

165 :名無しの笛の踊り:2008/08/05(火) 23:39:49 ID:T3a8MTs7
もともと立てて欲しいと言われたので立ててみただけのスレですから。



166 :名無しの笛の踊り:2008/08/06(水) 01:21:23 ID:amDo9EQ1
>>165
話題があっちこっち飛んでる理由がわかったよ。それでいいんだね、ここは。
161だが悪いことを言ってしまった。

167 :名無しの笛の踊り:2008/08/07(木) 00:13:38 ID:a8kwCwld
瀧井敬子氏の『漱石が聴いたベートーヴェン』(中公新書 1735)は,
このスレ的にも推奨できる良書.
東京藝大常勤助手というポジションをフルに生かして資料によく当たって
書いている.
明治,大正期の近代文学とクラと両方とも大好きな自分には,たまらない
魅力のある本だった.

168 :名無しの笛の踊り:2008/08/07(木) 01:27:44 ID:tkTkA4i/
うん。でもタイトルは(編集者が付けたんだろうが)いんちき臭いよな。
漱石の話はチラッとしか出てこないし。

169 :名無しの笛の踊り:2008/08/07(木) 17:35:33 ID:mlldbKEW
そうなのか。じゃあどんな内容なの?
明治大正の文学者とクラシックの関わり全般みたいな?

漱石の弟子の寺田寅彦の随筆には
クラシックがよく出てくるけど。自身もチェロを弾いてた。

170 :168:2008/08/07(木) 21:17:06 ID:tkTkA4i/
>>169
すまん不正確だった。漱石の話は結構ある。しかしベートーヴェンとのつながりでは、彼の
曲が演奏されたあるコンサートに行ったという話が短く出ているだけ。
全体としては、鴎外、露伴、藤村、漱石(+寺田寅彦)、荷風をそれぞれ章立てにして
西洋音楽との関わりを扱ったもの。


171 :名無しの笛の踊り:2008/08/07(木) 23:25:05 ID:3ac9tgEq
「明治文豪が聴いたベートーヴェン」みたいなタイトルの方が良かったカモね。

172 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 00:20:35 ID:SiT2GAYZ
>>171
それあり。
でも編集からしたら漱石でバシッと決めたかったんだね。

173 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 04:00:59 ID:vAHvu9WB
中村洪介も瀧井も肝腎の音楽を研究せず文豪がどうしたとか第二義的なことばかりやってる。
そんなことやってる暇あったら小山作之助でも永井建子でも、もちろん山田耕筰でも、きちんとした評伝一冊書け
といいたい。

174 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 04:32:21 ID:SiT2GAYZ
>>173
きちんとした評伝の一冊を書く苦労が分かっていたらそうは書けないだろう。

175 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 04:43:06 ID:Dhx8xWkm
書けない奴ほど注文が多い

176 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 05:21:54 ID:nbhfYWcr
仮にきちんと書けたところで金にゃならんが、な。

177 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 09:58:38 ID:nvSa7g0q
中公新書って編集部がどうなってんのかわからんが、
ハロラン芙美子の「アメリカ精神の源」のなかでアメリカ国歌を「星条旗よ永遠なれ」と書きやがった。
正式には「星条旗」。「星条旗よ永遠なれ」はスーザの行進曲。
電話で問い合わせたら、「〜永遠なれ」のほうが通りがよいからって言いやがった。

178 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 10:05:27 ID:job/RK4x
懐かしい名前だ。>中村洪介

>>177
>「〜永遠なれ」のほうが通りがよいからって言いやがった。
酷すぎ。全く別の曲なのに。
小一時間問い詰めてくれた?

179 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 12:50:49 ID:veLcFqzC
「正常位」。

180 :名無しの笛の踊り:2008/08/08(金) 13:41:26 ID:SiT2GAYZ
>>176
ちょ。さらりと真実を突くなよ…

181 :名無しの笛の踊り:2008/08/19(火) 10:44:26 ID:A/cIuMOh
漱石の子供(房之介の父)はバイオリニストだよな
漱石自身もクラシックが好きだったの?

182 :名無しの笛の踊り:2008/08/22(金) 19:26:26 ID:8Bp8K/WA
夏目純一。ベルリン留学した。
EPかソノシートに演奏を残している。

漱石は米ビクターの古い型の蓄音機を持っていたが、
子供にせがまれて唱歌などのレコードがあった程度。
クラシックにはあまり興味を示さなかったといわれている。
蓄音機は遺品として門下の内田百閧ェ引き取った。

45 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)